フィンランドが好きな建築学生のブログ

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EAST-EAST応募結果

エストニアで開催された

EAST-EASTとという建築ワークショップの応募を以前していました。

 

そして、その選考結果は

見送りでしたがありがたい

言葉をいただいたので

自戒としてのせておきます。

 

以下の文章は、

海法氏からのお言葉です。

 

まず、今回の審査は、recoveryというテーマのもと、ワークショップを開催するにあたりどのようなチームでのぞむとよいか、といったような総合的な視点も含まれています。つまり、選ばれなかったからといって、提案内容や案が単純に劣った、スキルで劣った、ということでは決してないのでそこは気にしないでください。

 

ですので(あまり審査経緯に関する情報をお一人の方だけにお知らせするのは良くないというのもあり)審査とはあくまで独立したものとして、長岡さんの提案が海法としてどう思うか、という点にお答えしたいと思います。

 

まず前提として、総合的にさまざまなことが考えられていて、非常に完成度の高い優れた作品だと思います。

そこは自信を持って誉めた上で、

・総合的すぎて、幕の内弁当的、大人たちの公共建築のプロポーザル的にも見える。長岡さんにとって最も切実かつ純粋で、最もやりたいことが何なのかを知りたいと思ってしまう。

・その最も重要な部分が、「人と水の原生的な関係の再生」なのだとすると、その言葉の表現が抽象的なため、僕ら(長岡さん以外の他者)や社会にとっては、今どのくらい切実な問題なのかが理解しきれない。

・それは端的に、なぜCLTなのか?なぜグリッドの建築のシステムの提案になるのか?(交換するのは結局部材単位なのでは)など全ての提案がある切実さや必然性に結びついていないように見えてしまう点に、提案の弱さとして現れてしまう。

・遊水文化圏がさまざまな側面で有用な効果を生み出していそうなのはわかるのですが、それによって誰の生活がどう豊かになるのか、どの植物がどう幸せになるのか、人間の文化がどのように進展するのか、が描ききれていない。有用性やある種の正しさを語り尽くして説得しようとするより、どうしてもこの人を幸せにしたいというメッセージ性が強い方が響く場合があります。

・ここまで多くのことを、例えばコウノトリのことまで考えて設計すると、建築物として非常に批評性があったり、やりたいことがクリアになる建築設計にするのが難しくなって、ツッコミどころが極力少ないけど、胸にずしっと響きにくい建築になるのかもしれない、と僕も自分の問題に置き換えて考える機会にもなりました。

 


僕が課題の講評会で長岡さんの作品に出会った場合に、こういうコメントをするだろうな、ということをお伝えしました。

前向きに批評したつもりなので、前向きに捉えていただけるとありがたいです。

 

このような言葉をいただきました。

 

私は、

案の整合性について注力して考えておりましたので、幕の内弁当という言葉には

はっと気付かされました。

 

総合的になったのは、
最も切実にやりたいものを
追求しきれてないのが証拠だと思います。

 

フィンランドで建築を学んだ経験を活かして
CLTで災害地域に新たな防災措置を施したい。
・よしによる水を浄化するシステムを使いたい。
・みずまてのコミュニティを作りたい
・失われた生態系を取り戻したい
地場産業を再生させたい。

 

今上げた中でも、幾つも出てきました。
この中から、さらに追求したいことを少しずつ見つけていけたらいいと思います。

逆に、これからさらに自分のやりたいことを深掘りできるいい機会だと捉え今後進んでいこうと思います。